2022年4月
公益社団法人 日本仲裁人協会
理事長 岡田 春夫
公益社団法人日本仲裁人協会は、2003年に任意団体として発足し、一般社団法人を経て、2014年に公益社団法人となりました。法律実務家・研究者を主な構成員とし、仲裁及び調停等に関連する人材養成・研修、研究、普及・啓発を目的とする団体です。
仲裁及び調停は、当事者自治による紛争解決手続きです。裁判は、国家権力の行使による紛争解決手続ですので、大きく異なります。
国際商事紛争の解決手段のメインストリームは、裁判ではなく、仲裁です。この世界的趨勢は、近時、益々顕著なものとなってきております。仲裁のメリットとしては、国家権力の関与がなく、当事者が選定に関与する仲裁人(私人)によって最終判断がなされ、自国民保護などのバイアスがかかりにくいこと、当事者の合意で手続きを柔軟に定めることができること、非公開であること、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)により外国での執行も極めて容易であること等が挙げられます。
他方で、近時、仲裁手続が重厚化、複雑化し、長期化や高コスト化が指摘されるようになり、このような仲裁の欠点を補完する手続きとして、調停が世界で脚光を浴びるようになっています。
調停は、連続する1~2日の期日で終了し、早く安く解決できる傾向があります。和解を強制されることはありませんが、著名な国際調停機関では80%以上の高い成功率を誇ります。勝敗を決めるのではなく、紛争の背後にある関係全体に着目した調整ができること、非対立構造であることから、今後も取引関係の継続が予定されている当事者間に適切です。
仲裁と調停は、それぞれの良さがある紛争解決手続きであり、互いに排斥し合う関係ではなく、車の両輪のように互いに補完する関係にあります。例えば、まず調停手続きを行い、調停により解決できなければ仲裁に移行するmed-arbや、仲裁開始後に仲裁を一旦停止し、調停手続をまず行い、調停が不調に終わると仲裁に戻るarb-med(-arb)など、仲裁と調停の連携利用は、近時、非常に注目されており、仲裁と調停を共に振興していくことがとても重要です。
このように世界的に脚光を浴びている仲裁と調停ですが、日本においては課題も多くあります。日本の仲裁は、残念ながら、件数も少なく、低迷していることは事実です。また、日本は、古来より、争いを好まず和を尊ぶ文化を持ち、国内調停である裁判所付随調停には歴史も実績もありますが、国際商事調停はまだまだ浸透しておらず、実績も乏しいと言わざるをえません。
当協会は、この状況を打破すべく、仲裁及び調停の振興に積極的に取り組んで参りました。
仲裁振興に関しては、当協会では、2017年3月に「日本における実効的な国際紛争解決のためのインフラ整備に関する要望書」を政府に提出しました。仲裁振興のためのハードインフラ整備として、日本国際紛争解決センター(Japan International Dispute Resolution Center。略称JIDRC)が、2018年5月に大阪施設、2020年3月に東京施設の開設という形で結実しました。JIDRCは、最先端の充実した仲裁関連設備を有し、日本の仲裁の普及啓発活動の中心拠点ともなっています。また、ソフトインフラの整備としては、2003年の制定後一度も改正されていなかった仲裁法改正につき、UNCITRAL仲裁モデル法2006年改正に対応した規律について法整備がなされることになりました。そして、今、当協会が中心に取り組んでいるのは、国際的に通用・活躍する日本の国際仲裁人材を養成することです。当協会では、日本の仲裁の振興、活性化のために世界に通用・活躍する人材の育成が最重要使命であるとの考えの下、その実践の1つとして、JIDRC及びCIArb(英国仲裁人協会。仲裁人・調停人の育成を目的とする世界的に認知された公益団体)と共同で、世界標準の仲裁人養成プログラムの提供を始めています。
また、調停振興に関しては、長らく日本国内において乏しかった国際調停のインフラ整備について、同志社大学の全面協力を得て、2018年11月に、京都の地に、日本初の国際調停機関である京都国際調停センター(Japan International Mediation Center。通称JIMC)設立という形で結実しました。また、国際商事事件を日本に持ち込みやすくするため、外国弁護士及び外国法事務弁護士による調停代理が可能であることを明文化するための法整備にも当協会として尽力し、同法案は2020年5月に可決成立しました。さらに、国際調停の結果得られた和解合意に執行力を付与するシンガポール国際商事調停条約についても、日本の早期調印に向けた動きを当協会は精力的に行い、国内法整備に向けて活発に活動を続けてきた結果、シンガポール国際商事調停条約の日本の早期調印とそのための国内法整備も行われる見込みとなっております。
このように、仲裁・調停振興のための数々の諸策が実行される中、新型コロナウイルスが世界的に蔓延し、国際ビジネスは世界中で影響を受ける事態が発生しました。渡航制限や移動制限等により、face to faceの仲裁や調停が難しくなったものの、これを契機として、オンラインを用いた仲裁・調停が画期的に進化しました。仲裁や調停は、当事者の合意で手続きを柔軟に定めることができるので、オンラインの利用も柔軟に取り入れることができます。仲裁では、これまでも審問をオンラインで行うことはありましたが、新型コロナウイルス蔓延の影響により、オンライン手続きが活発に利用されています。仲裁は、これまで、時間と費用が掛かることが欠点とされることがありましたが、オンラインを利用することで、多忙な国際仲裁人や代理人が効率的にスケジュール調整できるようになり、移動の費用や時間、場所代を含む審問費用なども大幅に削減でき、欠点を大きく補うことができるようになったと言えます。また、調停においても、早く、安く、当事者間の関係全体を調整できる調停は、新型コロナウイルスの影響により互いに損害・損失を被った企業間に最適の紛争解決手段であるとして注目されるようになりました。面前での調停の良さも当然ありますが、オンライン調停のテクニックも飛躍的に進化し、安く、早く、調停で解決するという調停の良さがさらに進化し、国際調停機関同士の連携も進みつつあります。早く、安く、オンライン調停を共同実施するため、当協会は、シンガポール国際調停センター(SIMC)と、JIMC-SIMC Joint Covid19 Protocolを実施しており、大変好評を頂くとともに、国際調停機関同士の連携の先駆的なものとして注目を集めております。
新型コロナウイルスが収束した後も、新型コロナウイルスを契機として飛躍的な進化を遂げたオンライン手続の利用は今後も多用されると予測され、進化は続くものと思われます。
当協会は、今後も、世界の動きに呼応すべく、国内外の国際ADR機関とも連携しながら、日本の仲裁と調停をより一層の高みにもっていきたいと考えております。
国際紛争解決に携わる実務家・研究者の方々はもちろん、将来の国際紛争解決を担う若い方々も、是非、当協会の活動にご参加頂ければと思います。